僕らの友達よしださんの事

1971年7月に行われた飯田高校ライブに纏わる思い出、話題など、よしださんに係わる事を綴っていきたいと思います

吉田拓郎ライブ実現は吉村敏雄先生のご尽力の賜物

 1972年7月の「よしだたくろう飯田高校ライブ」実現は吉村先生の存在が有ったからこそ実現できたと言える。

 当時の苦労話を卒業25周年記念誌への寄稿文で綴っている。職員会議と生徒会とのパイプ役として奮闘していただいた事が良く分かる文章だ。

 ライブ翌日の職員会議で職員集団としては、「ライブが良かったのか悪かったのか判断できないから生徒たちに聞いてみよう」と言う事になり、朝のホームルームで担任が各クラスで聞いてみる事になった、とのくだりは胸が熱くなる。

 25周年記念誌へは学年で8名いたクラス担任全員が寄稿してくれたが、このライブに言及しているのは吉村先生と「ジャイアン小池」こと我がクラス担任だった小池先生の2人だけである。

 小池先生は飯田高校ライブ直後に吉田拓郎が「結婚しようよ」でブレイクしたので「君たちの先見の明には感心しました。あれはヒットでしたね。」と綴っている。

<吉村先生の寄稿文> 

高松祭フォークジャンボリー        吉村敏雄(H・英語)

 今年25周年だから、もう 四半世紀も前のことで、高松歳のプログラムにフォークジャンボリーを入れるようになったいきさつや経過ははっきり憶えていないが 、生徒会執行部の一員であった佐々木正志君達音楽同好会の生徒達の熱烈な願望があったのではないかと思います。 しかしこの企画はすんなりとは進まず、職員会で様々な論議を呼んだ。当時は「フォークソングって何? どんな歌なの?」と質問するような人がまだ多かった頃でした。多少クラシック音楽には興味があって聞いていたが、ポピュラー音楽のことには知識がなくて「民謡の一種かなあ」程度のお恥ずかしい状態だった。招待の候補に上がった吉田拓郎氏は既に、フォークの旗手として若い年齢層に圧倒的な人気があり、そのコンサートではいわゆる「熱狂」するファンが増えていた。「高松祭に時には新風を入れるために、俺たちの心を歌っているこんな歌手を呼びたい」ということになったようだ。この年生徒会顧問の一員であった私がフォークジャンボリーを担当することになり、生徒会と学校とのパイプ役になった。生徒の中には「吉田拓郎が高松祭に出演するって本当?」と信じられないというような顔をする者も多かった。ところが職員会でこの企画が論議の的になった。「高校の文化祭にふさわしいか」とか「生徒にどんな影響が与えられるのか」というような議論だったように覚えています。 生徒会担当のパイプ役としては当然係の考え・主張を伝えることが仕事なので、知っている限りの知識を動員して良い点を強調した。結局職員会は「顧問がそう言うのなら。また 飯田高校生の判断もあることだから」ということになった ジャンボリーの前夜その準備は大変なものでほとんど徹夜に近かった。真夜中に「腹が減ってどうにもならん」「それじゃあ夜鳴きそばでも食いに行くか」ということになって中央道りまで出かけていって食べて頑張った。当日のジャンボリーは大成功だった。文化祭で体育館があんなに熱くなったのはそう多くはないと思う。「感激した。涙が出た」という椅子を片付けながら呟く生徒もいた。その翌朝の朝会で「あれは良かったのかどうなのか」という意見が出た。情けないかな朝会ではその判断ができなかった。新しい歌への価値判断を下すものを持っていなかったから。「顧問が過大評価をしたのでは」という雰囲気も少しあった。また「生徒があれだけ燃えたんだから凄い」という意見もあった。しかし意見がまとまらず良識ある生徒の判断を聞いてみようということになって、その朝ホームルームで全校一斉に ホームルーム担任がクラスに感想を聞いた。生徒の反応は全クラスが「素晴らしかった」と肯定的な感想で担任に答えた。疑問を投げかけるクラスは1つも無かったように記憶している。天下の飯田高校生の全ホームルームの感想がそういうことなら職員会でとやかく言うことではなくなった。フォークジャンボリーは大成功を収め、生徒たちの高校生活に、とりわけ最後の一年に激しい受験競争のための貴重な時間を割いて、一生懸命打ち込んで燃え尽きたその労苦は報われた。そして良い思い出を残すことができたと言っていい。三年の間には色々な思い出があり、それも人によって様々でしょうが、私にとってはこの学年での思い出はと聞かれて真っ先に頭に浮かんだことがこのフォークジャンボリーのことでした。だから思うままにまとまりない思い出を書いた次第です。なお不正確なところや思い違いがあったらご容赦ください。

<1972.7吉田拓郎飯田高校ライブの懐かしい写真> 

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1972年7月開催の吉田拓郎ライブ写真